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2026.08.12
心の旅を支える、小さな道しるべ。
四国で暮らしていると、ときどき白い装束に身を包み、杖を手に歩いている人を見かけます。
「お遍路さん」です。
四国に住まう人間にとっては見慣れた光景なのですが、考えてみれば私はこれまで、「四国八十八ヶ所霊場巡りとは、そもそも何ぞや」と深く考えたことがありませんでした。
四国八十八ヶ所霊場は、弘法大師・空海(讃岐出身らしいですね)ゆかりの88の寺院を巡る、1200年以上の歴史を持つとされる巡礼文化です。
徳島県の1番札所・霊山寺から始まり、高知、愛媛を経て、香川県の88番札所・大窪寺へ。
全行程はおよそ1,200~1,400kmにも及びます。
もちろん、すべてを歩かなければ仏罰が下るとかいう、そんな話では全然ありません。
一度に全部を巡る人もいれば、何回かに分ける「区切り打ち」、一つの県だけを巡る「一国参り」、そして現在ではクルマやバス・自転車など、それぞれの体力やライフスタイルに合わせたさまざまな巡り方があります。
ならば、四国に生まれた人間として一度くらいチャレンジしてみるのもアリなのではないか。
しかし決して無理をせず、自分なりのペースで巡ってみよう。
そう思い立ち、最初に訪れる場所として選んだのが、愛媛県上浮穴郡久万高原町菅生にある「第44番札所・大寶寺(だいほうじ)」でした。
88ヶ所の真ん中、ちょうど折り返し地点にあたる札所です。
そして久万高原町菅生は、かつて私自身の本籍が置かれていた土地でもあります。
八十八ヶ所を1番から順番に巡らなければならないという絶対的決まりはありません。
であれば、自分にとって縁のある場所から始めてみたい。
そんな、いたって個人的な理由から、私の「月イチお遍路」は始まりました。
「四国の軽井沢」との異名を持つ久万高原町ですが、この日は33.5℃という気温で、立って着替えをしているだけでもたちまち額から玉の汗が噴き出てきます。
そこから、お世辞にも足場が良いとはいえない、巨木の根が階段と化した参道を登り、大寶寺の本堂がある場所へ到着します。
健脚の方ならばいざ知らず、年配の人であればこれだけでもはや「修行」という感じです。
(それでもその次に控える45番札所・岩屋寺のハードさにはまるで及ばないという・・・)
そして参拝。
周りにいらっしゃるお遍路さんらが、それぞれのやり方でお唱えしています。
ちなみに読経や真言では、実際に声に出して唱えることにも意味があるのだそうです。
そこには、普段クルマで移動しているだけでは気づかない風景がありました。
高く伸びた杉の木や、苔むした石垣。
沢に沿って抜けていく細い道。
聞こえてくるのは、鳥の声と水の音。
そして、ところどころに現れる遍路道の案内や道標。
「44番 大宝寺」
先ほど通った登り道へ導く表記を見つけると、たった数文字なのに、不思議と安心できます。
「ああ、あの参道で合うとったんやな」と。
昔のお遍路さんたちも、形こそ違えど、こうした「道しるべ」を頼りに次の札所を目指したのでしょう。
そしてここで、職業柄なのか、どうしてもサイン屋としての目が出てきます。
これはあくまで個人的な考えですが、山の中に立つ案内板や道標は、単純に目立ちさえすればいいというものではないと思っています。
周囲の自然や歴史ある景観になじみながら、それでいて必要な人には確実に見つけてもらえること。
雨や風、強い日差しにさらされても、長く役割を果たせること。
そして日本人だけでなく、海外から訪れる人にも、その意味が伝わること。
(最近は海外からのお遍路さんも本当によく見かけるようになりました)
考えてみると、なかなか難しい条件のサインです。
今回ここで目にした、年月を重ねて風景の一部となっている道標にも、それはもう独特の味わいがありました。
その佇まいを眺めながら、
「もし、いつか私たちアート工藝社が、こういう『旅の道しるべ』をつくる仕事に携われたら――」
道中、そんなことも考えたりしました。
自然の中で主張しすぎない。
でも、必要な瞬間にはちゃんと目に入る。
そして、その土地の記憶の一部として、長く残っていく。
商業施設の看板とはまた違う、そんなサインづくりにも実はかなり憧れます。
正直なところ、出発するまでは少し大げさな表現のようにも感じていました。
ですが、杉林の中を黙々と歩いていると、その意味がじんわりとわかってきます。
ここでは、何か特別なことをする必要はありません。
ただ歩く。
立ち止まって、深く息を吸い、そして吐く。
木々を見る。
お寺で手を合わせ、声に出してお唱えする。
また歩く。
それだけで、普段の仕事や生活の中で頭いっぱいに抱えているものから、ほんの少し距離を置くことができます。
ぶっちゃけ、「無心になる」「悟りの境地に至る」というほどカッコいいものではないです。
考え事は、相変わらずします。
しかし、いつもの場所で考えているのとは、少しばかり違う(ような気がする)。
結論を急ぐ必要もなく、誰かに答えを求められることもなく、ただ歩きながらゆっくりと考える。
お遍路とは、もしかすると88ヶ所のお寺を「制覇」することだけが目的なのではなく、
次のお寺へ向かう、その途中の時間にも意味がある旅なのかもしれません。
であれば、「歩き遍路」というスタイルは、何と厳しい「心の旅」なのだろうか、と改めてそれに挑む方々への敬意を覚えます。
そういったことを、今回初めて感じました。
四国には、こういうスタイルの旅があります。
今回の大寶寺は、私にとってまだ最初の一ヶ寺。
88ヶ所を考えれば、先はずいぶん長そうです。
これからも無理をせず、月に一度くらいのペースで、少しずつ巡ってみようと思っています。
四国八十八ヶ所というと、
「信仰のためのもの」
「白装束を着て、何十日も歩き続けるもの」
そんなイメージを持っている方もいるかもしれません。
もちろん、途方もなく長い歴史を持つ、貴重な巡礼の文化です。
ですが同時に、四国の山や海・町並みを巡り、その土地の歴史や食べ物に触れ、人と出会い、そして少しだけ日常から離れる――そんな旅の楽しみ方もあります。
全部を巡らなくても大丈夫ですし、一ヶ所だけ訪れてみるのもありでしょう。
クルマで巡ってみてもぜんぜんOK。
そして、少しだけ遍路道を歩いてみる。
有名な観光地を巡る旅とは、また違った四国が見えてくるかもしれません。
そして、その道の途中で見かける小さな案内板や道標にも、ぜひ少しだけ目を向けてみて下さい。
それもまた、誰かの旅を支えている「サイン」のひとつです。
四国へ。
そして、愛媛へ。
皆さまもぜひ一度、こんな「心の旅」を体験しにいらして下さい。
私のお遍路は、まだ始まったばかりです。
(次回からは杖が必要かも・・・)
「お遍路さん」です。
四国に住まう人間にとっては見慣れた光景なのですが、考えてみれば私はこれまで、「四国八十八ヶ所霊場巡りとは、そもそも何ぞや」と深く考えたことがありませんでした。
四国八十八ヶ所霊場は、弘法大師・空海(讃岐出身らしいですね)ゆかりの88の寺院を巡る、1200年以上の歴史を持つとされる巡礼文化です。
徳島県の1番札所・霊山寺から始まり、高知、愛媛を経て、香川県の88番札所・大窪寺へ。
全行程はおよそ1,200~1,400kmにも及びます。
もちろん、すべてを歩かなければ仏罰が下るとかいう、そんな話では全然ありません。
一度に全部を巡る人もいれば、何回かに分ける「区切り打ち」、一つの県だけを巡る「一国参り」、そして現在ではクルマやバス・自転車など、それぞれの体力やライフスタイルに合わせたさまざまな巡り方があります。
ならば、四国に生まれた人間として一度くらいチャレンジしてみるのもアリなのではないか。
しかし決して無理をせず、自分なりのペースで巡ってみよう。
そう思い立ち、最初に訪れる場所として選んだのが、愛媛県上浮穴郡久万高原町菅生にある「第44番札所・大寶寺(だいほうじ)」でした。
88ヶ所の真ん中、ちょうど折り返し地点にあたる札所です。
そして久万高原町菅生は、かつて私自身の本籍が置かれていた土地でもあります。
八十八ヶ所を1番から順番に巡らなければならないという絶対的決まりはありません。
であれば、自分にとって縁のある場所から始めてみたい。
そんな、いたって個人的な理由から、私の「月イチお遍路」は始まりました。
■いざ、44番札所・大寶寺へ
大寶寺のふもとにある参拝客用の駐車場にクルマを停め、白装束を羽織ります。「四国の軽井沢」との異名を持つ久万高原町ですが、この日は33.5℃という気温で、立って着替えをしているだけでもたちまち額から玉の汗が噴き出てきます。
そこから、お世辞にも足場が良いとはいえない、巨木の根が階段と化した参道を登り、大寶寺の本堂がある場所へ到着します。
健脚の方ならばいざ知らず、年配の人であればこれだけでもはや「修行」という感じです。
(それでもその次に控える45番札所・岩屋寺のハードさにはまるで及ばないという・・・)
そして参拝。
周りにいらっしゃるお遍路さんらが、それぞれのやり方でお唱えしています。
ちなみに読経や真言では、実際に声に出して唱えることにも意味があるのだそうです。
■お寺から下りて、少し歩いてみる
参拝を終えたあと、往路の参道でなく、回り道でしたが、歩き遍路・クルマ遍路のために舗装された「へんろ道」を少し歩いてみました。そこには、普段クルマで移動しているだけでは気づかない風景がありました。
高く伸びた杉の木や、苔むした石垣。
沢に沿って抜けていく細い道。
聞こえてくるのは、鳥の声と水の音。
そして、ところどころに現れる遍路道の案内や道標。

「44番 大宝寺」
先ほど通った登り道へ導く表記を見つけると、たった数文字なのに、不思議と安心できます。
「ああ、あの参道で合うとったんやな」と。
昔のお遍路さんたちも、形こそ違えど、こうした「道しるべ」を頼りに次の札所を目指したのでしょう。
そしてここで、職業柄なのか、どうしてもサイン屋としての目が出てきます。
これはあくまで個人的な考えですが、山の中に立つ案内板や道標は、単純に目立ちさえすればいいというものではないと思っています。
周囲の自然や歴史ある景観になじみながら、それでいて必要な人には確実に見つけてもらえること。
雨や風、強い日差しにさらされても、長く役割を果たせること。
そして日本人だけでなく、海外から訪れる人にも、その意味が伝わること。
(最近は海外からのお遍路さんも本当によく見かけるようになりました)
考えてみると、なかなか難しい条件のサインです。
今回ここで目にした、年月を重ねて風景の一部となっている道標にも、それはもう独特の味わいがありました。
その佇まいを眺めながら、
「もし、いつか私たちアート工藝社が、こういう『旅の道しるべ』をつくる仕事に携われたら――」
道中、そんなことも考えたりしました。
自然の中で主張しすぎない。
でも、必要な瞬間にはちゃんと目に入る。
そして、その土地の記憶の一部として、長く残っていく。
商業施設の看板とはまた違う、そんなサインづくりにも実はかなり憧れます。
■「心の旅」という言葉が、少しだけわかった
四国八十八ヶ所巡りについて調べると、しばしば「心の旅」という言葉に出会います。正直なところ、出発するまでは少し大げさな表現のようにも感じていました。
ですが、杉林の中を黙々と歩いていると、その意味がじんわりとわかってきます。
ここでは、何か特別なことをする必要はありません。
ただ歩く。
立ち止まって、深く息を吸い、そして吐く。
木々を見る。
お寺で手を合わせ、声に出してお唱えする。
また歩く。
それだけで、普段の仕事や生活の中で頭いっぱいに抱えているものから、ほんの少し距離を置くことができます。
ぶっちゃけ、「無心になる」「悟りの境地に至る」というほどカッコいいものではないです。
考え事は、相変わらずします。
しかし、いつもの場所で考えているのとは、少しばかり違う(ような気がする)。
結論を急ぐ必要もなく、誰かに答えを求められることもなく、ただ歩きながらゆっくりと考える。
お遍路とは、もしかすると88ヶ所のお寺を「制覇」することだけが目的なのではなく、
次のお寺へ向かう、その途中の時間にも意味がある旅なのかもしれません。
であれば、「歩き遍路」というスタイルは、何と厳しい「心の旅」なのだろうか、と改めてそれに挑む方々への敬意を覚えます。
そういったことを、今回初めて感じました。

四国には、こういうスタイルの旅があります。
今回の大寶寺は、私にとってまだ最初の一ヶ寺。
88ヶ所を考えれば、先はずいぶん長そうです。
これからも無理をせず、月に一度くらいのペースで、少しずつ巡ってみようと思っています。
四国八十八ヶ所というと、
「信仰のためのもの」
「白装束を着て、何十日も歩き続けるもの」
そんなイメージを持っている方もいるかもしれません。
もちろん、途方もなく長い歴史を持つ、貴重な巡礼の文化です。
ですが同時に、四国の山や海・町並みを巡り、その土地の歴史や食べ物に触れ、人と出会い、そして少しだけ日常から離れる――そんな旅の楽しみ方もあります。
全部を巡らなくても大丈夫ですし、一ヶ所だけ訪れてみるのもありでしょう。
クルマで巡ってみてもぜんぜんOK。
そして、少しだけ遍路道を歩いてみる。
有名な観光地を巡る旅とは、また違った四国が見えてくるかもしれません。
そして、その道の途中で見かける小さな案内板や道標にも、ぜひ少しだけ目を向けてみて下さい。
それもまた、誰かの旅を支えている「サイン」のひとつです。
四国へ。
そして、愛媛へ。
皆さまもぜひ一度、こんな「心の旅」を体験しにいらして下さい。
私のお遍路は、まだ始まったばかりです。

(次回からは杖が必要かも・・・)